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それでも世界は続いていく④

ミンサガグレクロ皇女クローディアの話

この辺が書きたかっただけだろ感。





四、別れ



最後の時、クローディアの心はただ悲しみと怒りで満ちていた。
邪神サルーインの術でアイシャが倒れ、神の手の一撃でアルベルトも伏し、ジャンも落ちた。
隣に立っているグレイも満身創痍で、気力だけで剣を向けているようなものだ。

どうして、こんな浅はかな神に仲間を傷つけられなければならない?
みんなただの人間だった。ただの冒険者だったり帝国の兵士だったり、出生は様々だが、それでもみんなただの人間だった。
それが『運命』だとかいうくだらない、ひどく不確かなもので導かれ、邪神を倒す英雄に仕立て上げられた。
そうして今、その『運命』というものに殺されるのだ。もう、この五人で世界を旅していた日々には戻れない。

クローディアの嘆きをあざけるような笑みと共に、サルーインは術を構えた。倒れたジャンを絡めとるように、天から邪悪なる糸が垂らされる。
邪神はジャンを打ちのめしただけでなく、あまつさえ意識のないその体を操ろうとしているのだ。
「やめて!!」
張り裂けんばかりの悲痛な声と共に、クローディアは最後の力を振り絞って、矢を放った。その矢が、サルーインの脳天を貫いた。
「グアアアアアア!!!」
サルーインの表情が苦悶にゆがみ、邪悪な魔力を宿した腕が闇雲に振り回される。その断末魔の一撃が、クローディアに向かった。自身も深手を負っていた彼女には、かわすこともままならない。
「クローディア!」
グレイは剣を捨て、立ち尽くしたままの彼女をかばうように抱き、邪神の最後のあがきをその背中に受けてしまった。彼が崩れ落ちるのに引きずられ、クローディアもまた倒れこむ。

思えば彼がこんなに、自分の名前を必死で呼んだのは初めてだったかもしれない。ましてや、抱きしめてもらったことだって。
こんな時にまで、約束を守ろうとしてくれるのね。
薄れていく意識の中で、彼女はそんなことを考えていた。

彼の表情は見えないが、力が抜けた体躯が重くのしかかってくるのを感じる。背中からだくだくと流れる血が彼女にも染みていく。その事実が何よりも残酷に、クローディアに彼の終わりを告げた。
彼の肩越しに、邪神の結界をなしていた柱が崩れ空に巻き上げられるのが見える。その破片が剣となり、こちらに降り注がんとしていた。クローディアは目を閉じた。

これまで出会った数多くの人が、クローディアは強いと言った。運命に翻弄されながらも、懸命に生きる彼女を賛美した。
だが、彼女は違うと思っていた。自分は強くなんかない。ただグレイに守られていたから、彼が隣で戦っていてくれたから、ここまで生き延びてこられた。だから、グレイが倒れた今はもう立ち上がることができない。

そうしてクローディアは、前を見ることを、やめた。





それから、ほんの瞬きをする間だっただろうか、それとも何時間も経っただろうか。

瞼を刺すような強い光が、再びクローディアの意識を浮上させる。光の元はわからないが、最終試練の祭壇で見た神エロールの後光と、どこか似ていると思った。おそらく、彼の力で生かされたのだろう。確信はないが、そんな気がしていた。
クローディアは、再び目を開けた。目を開けることができた。
辺りは朝焼けとも夕焼けともつかない、あまりにも赤い光で照らされている。ここが世界の果てなのかと錯覚させられるほどの静寂だけがあった。間を置かず自分をかばうように倒れていたグレイも身じろぎした。
「グレイ。」
かすれた声で名前を呼ぶ。この名前を口にするのも、ずいぶん久しぶりのように感じられた。
「…無事か。」
「ええ。」
彼がゆっくり起き上がるのと共に、彼女も上体を起こした。周りを見回すと、仲間達も同じように目を覚まそうとしていたところだった。
「皆さん、ご無事でしたか!」
「もうダメかと思っちゃったよー!」
仲間達が生きていた。聞きなれた仲間の声がする。お互いの無事を確認しあって、緩んだ表情を見せている。それだけで、クローディアの胸は熱くなった。
「それにしても、一体ここはどこなんでしょう…」
周囲を見回したアルベルトが一瞬絶句した後、言葉を続けた。
「皆さんあれを…!」
アルベルトが指差した向こうには、広大な湖が広がっていた。真っ赤な太陽が乱反射する水面から、見覚えのある尖塔が突き出していた。イスマス城だった。サルーインを倒した影響か、サルーインが封印されていたイスマス城周辺の地盤が崩落し、そこにあふれ出た地下水が溜まっているのだ。
「イスマスが…!」
この地でで生まれ育ったアルベルトが、悲しげな声をあげた。励まそうにも言葉が出ないのか、困ったような顔をしたアイシャが彼に寄り添うように隣に立った。クローディア達も、黙って湖を見つめた。

長い長い夢でも見ていたようだ。そう思ってしまう程、目に見える達成感もない終わり方だと思った。遠くで雲は流れ、鳥たちが小さな点となり飛び交い、木々が揺れている。
まるで邪神が復活しようとしていたことなど、ましてそれに抗い戦ったちっぽけな人間のことなど、何も知らなかったように穏やかな時間が流れていた。

「いたぞ!クローディア様たちだ!」
程なくして、その寂寞とした時間が終わった。恐らく、サルーイン討伐から帰らないクローディア達を捜索する隊が組まれているのだろう。身に着けている鎧から見るに、エスタミルやバファル等様々な地域の兵の混成となっているらしい。人々はクローディアたちに駆け寄ると、無事を確認せんとめいめいに声をかけてきた。勇者達の生還に涙を流し始める者もいた。そうしているうちに、事態が飲み込めないでいたクローディアたちにも、邪神との戦いから生きて返ってこられたという実感がわき始めてきた。
「こんなところにいつまでもいても仕方がない!英雄の帰還を祝して宴の準備だ!」
誰からともなく声を張り上げ歩き出すと、皆がそれに続いた。
「いいですねえ~久しぶりにのんびり酒でも飲みたいものです。」
「私もおなかすいちゃったなー!」
クローディアもついていこうとしたのだが、一人だけ流れに背き別の方向に歩き出す人影を見つけ足を止めた。
「グレイ?」
「俺は行かん。」
クローディアとグレイのやり取りに気づき、他の仲間たちも彼に目をやる。そして皆、彼が背中に負ってしまった傷跡に言葉を失った。
サルーインのあの一撃で衣服が裂け、銀の髪も撫で斬りにされてしまった、痛々しい後姿。どう考えても立っていられる状態ではないはずなのに、何事もなかったかのように歩いてゆく姿が悲しげに見えた。
そんな仲間達にかまわず、グレイはどんどん遠ざかっていく。

その時、なぜだろうか。これが彼との最後の別れになるような胸騒ぎが、クローディアに押し寄せてきた。

「後で合流するわ、皆は行ってて。」
クローディアは彼の後を追って駆け出した。誰かが声をかけたのか、はたまた皆同じ気持ちだったのか、仲間達は二人を無理に止めようとはしなかった。
すぐに手を伸ばせば届きそうな距離まで追いつく。しかし腕を掴むことも、まして抱きつくこともできず、その痛ましい背中にローブをふわりとかけた。グレイは何も言わずに足を止めた。
「傷は?」
「ふさがっているらしい。エロールの力というのはずいぶん便利なものだな。」
「…良かった。」
彼らしい、そっけなくてどこか皮肉めいた返事だった。そうしたぶっきらぼうな言動が、クローディアに心配をかけないようにという彼なりの気遣いだったと気づくまでに、ずいぶん時間をかけてしまったように思う。
「ありがとう、あの。」

何を言えば引き止められるだろうか。思案したが、その答えは出なかった。
ここまで自分について同行してくれていたのは、ただ単にジャンに依頼されたから。その旅も終わった今、彼はまた風のようにどこへともなく去っていくのだろう。それを止めることは誰にもできない。そうしたくはない。
もし今泣いてすがりつき引き止めたとして、それは本当に彼の意思なのだろうか。彼の心を曲げてまでそばにいて、いったい何になるというのだろう。
もしくは本当に自分が泣いたらグレイがそばにいてくれるのか、確かめることが怖かったのかもしれない。
もうそばにいることが叶わないのならば、せめてきちんと送り出したい。

「髪が斬られてしまっているの。良かったら、揃えさせて。」
そのことにグレイも気づいていなかったらしい。背中に手を回し、無残に斜めに斬られた髪をさわさわと確認した。
「…頼む。」
少し離れた木陰にグレイは腰を下ろした。それに続いてクローディアは彼の真後ろに座ると、小刀を取り出した。大雑把に長さをそろえてから、毛先を整え始める。「万が一弓なしで戦わなければならない時のために」とグレイが渡してくれたものだったが、結局剣の扱いはあまり上達せず、本当にただのお守りとなってしまっていた。
「慣れているようだな。」
沈黙を破ったのはグレイだった。気を悪くしないで欲しいのだけど、と一言おいてから、
「森で暮らしていた頃、伸びすぎてしまった動物の毛を揃えてやったことがあったの。」
と答えると、彼は小さくため息をつくように笑った。人のことを動物にたとえるのは少し違うとは思ったが、グレイの髪は狼の豊かな毛を思い出させる。綺麗だと思っていたが、ずっと触れることも叶わないでいた。
「…帝国に戻ろうという意思は、変わらないのだな。」
今日のグレイは、本当によく話してくれる。嬉しく思う反面、これから必ず訪れる別離を意識させられて、息が苦しくなった。
「…ええ。」
「そうか。」

グレイの言葉に陰りの色があったことに、クローディアはそのとき気がつくことができなかった。
あなたはこれから、どこに行くの。
そう聞きたかったが、それすらできなかった。
結局、逃げていたのだ。彼からも、自分の気持ちからも。
グレイの思いを優先するふりをして、彼の思いを理解しているような気になって。
やっぱり、私は強くなんかない。
この日のことをずっと後悔しながら、生き続けていくのだろう。
誰にも見られることなく、小さなしずくがひとつ、クローディアのほほを零れ落ちる。

その後は、これ以上泣いてしまわないようにこらえるだけで精一杯だった。小さく礼を言うグレイの顔も、まともに見られなかった。グレイが何か言葉を続けようとして、やはりやめてしまったような息遣いを感じ、はっと顔を上げた。彼はもう踵を返し、歩き出してしまうところだった。
「…行かないで。」
言葉は風に巻き上げられ、彼に届くことはなかった。



ローブを目深にかぶると、グレイは歩みを早めた。
そう、その時の彼にはとにかく猶予がなかったのだ。
クローディアというバファル帝国の正当なる後継者が表舞台に現れれば、政権を狙い続けていたローバーン公コルネリオとその妻マチルダは黙っていない。まず間違いなく彼女が実権を握る前に排除しようと躍起になり、これまで以上に強硬な手段をとるだろう。そうなれば、邪神討伐までついて行って守った意味がなくなってしまう。
今回の戦役でローバーンはどうなったのだろう。多少モンスターの襲撃にでも遭っていれば、おとなしくなっただろうに。そしてあの街に皇帝親衛隊の連絡係として滞在していたモニカは、まだいるのだろうか。とにかく彼女を見つけ出し、今後のことを打ち合わせなければ。
荒涼とした小高い丘に立ち、ローバーンの入り口を見下ろす。しかしその先に見慣れた風景はなくなってしまっていた。ローバーンもイスマス崩落の影響で、多くの建物が崩れてしまっていたのだ。家から追い出された住民が、力なく身を寄せ合っているのが小さく見える。子供の泣き声があたりにむなしく響いていた。

「あなた…グレイね!」
そんな混乱の中で、彼女を見つけられたのはまさに奇跡だった。虫の知らせというものか、彼女はローバーン崩落の直前に街を抜け出しイスマスまで離れていたのだという。
「ジャンやクローディア様とサルーイン討伐に行ったと聞いていたけど、無事だったのね。一人なの?」
「もう済んだ話だ、それよりも…」
邪神討伐などどうでもいい、という風なグレイの話し方にやや呆れながらも、彼女はグレイの相談に応じてくれた。
「確かにそうね、今回の崩落は大きなものだったけど、ローバーン公が死んだかどうかはまだわかっていない。…大事な領土に損害を受けた直後だもの、首都メルビルが欲しくなっている頃かもね。」
モニカはそこまで話すと、腕を組んでうつむいてしまった。
「ただ、この混乱の中で今までどおりコルネリオ達の動きを監視するのは難しそう。たぶん、今までよりも警戒してことに当たると思うわ。」
「それなんだが…」
グレイはある提案をした。それは、今までどの勢力にも属さず気の向くまま力を振るっていたグレイにしかできないことだった。
「そんなこと…!無謀すぎるわ!」
あの街の壊滅状態から察するに、バファル皇室に襲撃をかけたくとも、恐らくローバーン公派に組する「駒」が足りない。コルネリオはなりふり構わずに、外部から金で傭兵を雇うだろう。そこにグレイが潜り込み、内部を密偵しようというのだ。
いくら相手が弱っているとはいえ、あまりにも危険な作戦だった。モニカは言葉を荒げたが、グレイの真剣なまなざしを見て、止めようとしても無駄だとすぐに悟った。
「…本気なのね。」
「面倒をかけるな。」
「いいのよ…わかったわ。あなたの力を貸してもらう。」
さっそく仕事だ、とモニカはいまだ混沌としているローバーンへ歩き出そうとした。
「とにかく、動きがあったらまずは連絡するわね。」
彼女の歩みをグレイの小さな咳払いが引き止めた。
「…ジャンがお前のことを案じている。まだイスマスからはそう離れていないだろう。会ってやれ。」
気丈に振舞っていたモニカの表情が緩み、青い瞳にじんわりと涙が浮かんだ。
ありがとう、と小さく搾り出すと、モニカは風のように駆け出していく。その後姿を、少しうらやましくも感じた。
そんな思いを消すように、ローブのフードをかぶり直す。

これからローバーン公派にもぐりこむに当たり、人々に顔を覚えられることは避けたい。こういうことも想定して、捜索隊ともかかわらないように気を配っていたのだから。
人々に祝福され、賞賛を浴び、光の道を歩くのはあいつらだけでいい。もともと名誉が欲しくて動いていたわけではない、むしろ自分の都合のために名誉とは程遠いことにも手を染めてきた。今更何をためらうことがあるだろうか。ただ何にも縛られず思う通りに生きてきたあの頃に、クローディアと出会う前に戻るだけだろう。
そう固く決心したはずだったのに、何故か心が揺らぎそうになる。
「…約束は、まだ終わっていない。」

バファル帝国皇女という茨の座に就こうとしている彼女のそばにいられないことが、どうしようもない無力感となって彼を苛んでいた。
その思いを「恋」と呼ぶことを、彼は知らない。



「暗殺者の装束、あまり似合わないわね。」
「ふざけている場合か。…とにかく、今夜動くことになった。メルビルに伝令を頼む。」
それだけ短く言うと、グレイはおどろおどろしいアサシンの仮面で顔を隠し、一向に復興の進まないローバーンの路地へと消えた。
ローバーン公派の動きについて、クローディアの耳に入れないこと。彼女には知らせずに皇帝親衛隊・メルビル警備隊、そしてローバーン公派のアサシン集団に潜り込んだグレイのみでコルネリオの刺客を排除すること。
それらは他でもないグレイの提案だった。
そこにはもう彼女に戦わせたくない、彼女を危険にさらしたくないという悲痛な願いがあった。
彼女を守るためとはいえ政敵の刺客となった自分を見られたくない、という思いもあったのかもしれない。万が一皇帝派にローバーン公のスパイが紛れ込んでいる可能性も考え、グレイのことはメルビルの軍勢にも、ジャンにも伝えていなかった。


それなのに、どうして―――


獣の鳴き声も聞こえてこない、不自然なまでに静かな夜のメルビル。
月の光だけがしんしんと辺りを頼りなく照らしている。
クローディアはジャンと二人、下層区域を巡回していた。そして、出会ってしまった。


グレイの目の前に、クローディアとジャンがいた。
クローディアとジャンの目の前に、グレイがいた。


「お前、コルネリオ殿の刺客だな!」
ジャンはグレイのことに気づいていないらしい。普段の飄々とした振る舞いからは想像もできない、殺気立った目線を向ける。
「一人で歩き回っているなんて無用心なやつだ!覚悟しろ!」
ジャンは剣を抜くと、暗殺者に身をやつしたグレイに切りかかる。
戦闘中にここまで心を乱されるのは、グレイにとっても初めての経験だった。
何故クローディアがここにいる。おおかたジャンが伝令を無視して連れてきたのだろう。どう落とし前をつけてやろうか。
しかし、ここで世間話をしている時間はない。メルビル上層、エリザベス宮殿の方で緊急用ののろしが上がった。帝国兵時代の訓練が思い出される。バファル帝国親衛隊の、敵の侵入を知らせるのろしだった。暗殺者の小隊が宮殿へ侵入を果たそうとしているらしい。
クローディアだけでも街の外に逃がすか?いや、それはかえって危険だ。比較的警備が手厚い宮殿へ誘い込んだ方が、彼女を守りやすい。
グレイはジャンのよく見慣れた太刀筋をかわすと、容赦のない蹴りを彼の胴めがけて繰り出す。
弓を構えて成り行きを見ていたクローディアの目が、大きく見開かれた。


ジャンはクローディアにも、メルビル警備隊の若い兵士達と同じことを話していた。昔のグレイのことを話していた。
「訓練だっていうのに、あいつの組み手は本当に容赦がなかった。俺が勝てたことはほとんどありませんでしたよ。」
「あいつは体術だけがずば抜けてうまいわけではなくて、剣の腕前を応用してるから強いんです。」
「相手がどう剣を振るってくるか、どう攻撃してくるかが読めるから、いくらでも迎撃ができる。」
「まあ…それは俺の動きがわかり易すぎるから、って言うのもあるんですけど。とにかく俺とグレイは相性が悪い。」

「…グレイ。」

「なんの!」
ジャンは暗殺者の蹴りをすんでのところでガードする。暗殺者はジャンから距離を置くと、挑発するように意味ありげな視線を二人に送る。仮面の下から、氷のような色の瞳が垣間見える。そしてすぐさま、上層への階段を駆け上がった。エリザベス宮殿に二人を誘導しようというのだ。
仮面の端から短い銀の髪がこぼれ、月の光へ溶けるように輝いた。
「くそっ、なんなんだあいつ!追いかけましょう!」
しかしクローディアは動かなかった。表情はこわばったまま、一人だけ時を止められてしまったようだった。
「クローディア様?」
「気づかないの?…あの人、グレイだわ。」
「なんですって!」
ジャンは大声を上げたが、すぐに得心がいったように腕を組んだ。
「ど、道理で俺の攻撃が完璧に読まれていると思ったら…」
そしてまた驚きの表情に戻る。薄暗い中でも、彼の感情はとても掴みやすい。
「しかしなんであいつが!ひとりでふらりとどこかへ行ったと思ったら、どうしてこんな…」
「それは…わからないけど…」

いつか、こんな日が来る可能性だってあると、覚悟していたはずなのに。
彼はひとつの勢力にのみ力を貸すわけではない、自分の目的のために誰かの味方となり、誰かの敵となる。
だけどそういう人でもいいと思った。そういう人だから、自分と一緒にいることを選んでくれて、嬉しかった。
育ての親の、森の魔女オウルが死んだ時。自分の意思で行動していると思っていたのに、神々の戦いに翻弄されていると思い知らされた時。そうしたつらい時にそばにいてくれたことが、何よりの支えになった。
そういうグレイだから、好きだと思った。

自然と、あの日できなかったことをしようと決心がついた。
グレイを信じたい。何より、グレイを好きになった自分を信じたい。

「クローディア様…」
ジャンはうつむくクローディアの顔を覗き込んだ。クローディアを連れてきたことで、戦うよりもつらい傷を負わせてしまった。こんなことになるなら、無理やりでもクローディアを参戦させるべきではなかった。そう後悔しているのがすぐに伝わってきた。
「様ってつけるの、やめてって言っているのに。」
いつになく深刻すぎるジャンの様子に、ほんの少し笑みが戻った。思えばグレイがいなくなってからずっと、ジャンは彼の代わりになろうとクローディアを守ってきたのかもしれない。
自分は、本当に良い仲間に恵まれた。いろんな人が私を支えてくれた。だからもう、今度こそ大丈夫。そう伝えてやりたいと思った。
「きっと、グレイにも考えがあるのだと思う。」
もし彼が本当にローバーン公派に寝返っていたのなら、今がクローディアの息の根を止める絶好の機会だった。それなのに彼はそうせず、むしろ危機が迫っているエリザベス宮殿へ誘おうとしている。その事実も、彼女の確信を後押ししていた。
「それに、もしも本当に私たちを裏切ったりしていたのなら、私の手であの人をこらしめなくっちゃ。」

クローディアにしては珍しい軽口だった。それもグレイを信じているから、ジャンを安心させたいからだった。彼女の瞳に、もう迷いはない。ジャンの表情もつられて明るくなる。
「グレイを追いましょう。そして、お父様を助けに行かなきゃ!」

メルビルの夜は、まだ明けない。
しかし少しずつ月は傾き、太陽が昇ろうとしている。
サルーインを討伐したあの日から続いていた戦いが、もうすぐ終わろうとしている。
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プロフィール

寺島ロシカ

Author:寺島ロシカ
テイルズオブデスティニー2(ジュハロ)、ロマンシングサガ・ミンストレルソング(グレクロ)、ドラッグオンドラグーン2(ノウェエリ)、ブレスオブファイア5(リュウリン)とかそんな話ばっかり。
鳥海浩輔さん、千葉一伸さん、皆口裕子さんの三柱神を崇め奉る。

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